2013年2月13日水曜日

がれき処理:はやばやと撤退においこまれる 東京新聞・特報部2013年2月11日

2月11日の東京新聞・特報部。とてもよい記事です。本当に無念なことに、もう焼却処理をしてしまった自治体もあるけれど.......さいごのデスクメモがふるっています。

----「絆の美名さえ掲げておけば<国民>なんぞ…」という魂胆が透けた。多数派はまんまとだまされた----(牧)

こうした胸がすく記事には、新聞社さんに応援のメールを送っておこうと思います!!



昨年、北九州でがれき受け入れの市説明会にやってきたお母さんたち。広いすそ野があってこそ。
新聞では「税金のむだ使い」とみだしにありますがやっぱり放射能、いやだの声があってこそ。
「100人の母たち」の写真家・亀山ののこさん撮影。


◆東京新聞こちら特報部・2.11.2013

宮城、岩手両県の震災がれきを被災地以外で処理する「広域処理」の大半が、来月末で打ち切られる。必要量が当初の推計の6分の1にまで激減したためだ。受け入れ先では放射能汚染への不安にとどまらず、税金の無駄遣いが指摘され、北九州市などでは訴訟にも発展した。大阪では警察の介入が問題視された。東北の地元にも反対意見が強く、旗振り役の環境省は早期撤退に追い込まれた形だ。(佐藤圭)


◆宮城県議会は超党派で異議 「多額の費用をかけて遠方まで運ぶ必要などなかった。受け入れ先の住民が放射能汚染を心配するのも無理はない。もともと国のトップダウンで決まった政策だ。宮城県も本音では早くと止めたかったのではないか」 自民党の相沢光哉宮城県議(74)は広域処理に固執してきた環境省や県の姿勢をこう批判した。県議会では最長老の相沢氏を筆頭に、広域処理に異を唱える議員が党派を超えて少なくなかった。 環境省は先月25日に公表した震災がれき処理計画の見直し版で、広域処理の必要量を69万トンに下方修正した。昨年11月末時点の136万トンから半減。当初の推計の401万トンと比べると、実に6分の1にまで落ち込んだ。 広域処理のうち、主な対象である宮城県の可燃物と岩手県の木くずは3月末、残る岩手県の可燃物なども12月末にそれぞれ終了する。当初予定の来年3月末から約1年の前倒しとなった。 東日本大震災直後、環境省は「がれきの量は宮城県では通常の19年分、岩手県は11年分。被災地の処理能力には限界がある」と主張した。 ところが、がれき総量と広域処理の必要量は、昨年5月以降の見直しのたびに「相当量のがれきが津波で海に流出していた」 「想定以上の土砂があった」などの理由で圧縮されてきた。 それでも環境省は「広域処理は必要」と譲らなかった。今回の下方修正については「仮設焼却炉の本格稼働で、現地の処理能力が向上した」と強弁するが、それは当初から織り込み済み。がれきの量が減り続けた結果、前倒しする以外に手がなくなったのが真相だ。 「震災から半年後、県の執行部は広域処理について初めて議会側に説明した。だが、量や経費、受け入れ先を聞いても答えることができなかった。最初からアバウトな話だった」(相沢氏)

  ◆「森の防潮堤」 環境省認めず がれき問題の解決方法として、相沢氏は広域処理ではなく、「森の防潮堤」構想を提唱した。がれきで沿岸部に丘を築き、その上に広葉樹を植林するという内容だ。 59人の宮城県議全員による推進議員連盟を結成し、国会や環境省、国土交通省にも働き掛けた。しかし、環境省は地盤沈下やガス発生の懸念を盾に認めなかった。 相沢氏は「生活の一部であったがれきを千年先まで生かすのが森の防潮堤だ。実現していれば、広域処理で余計な迷惑をかけずに済んだ」と、今も怒りが収まらない。 「国や県の頭には、コンクリート製の防潮堤しかなかった。どこかで津波災害が起きれば、同じ過ちが繰り返される」

 ◆結局は税金の無駄使い 一方、広域処理に協力した自治体は、はしごを外された格好だ。 昨年9月、西日本で初めて震災がれきを受け入れた北九州市。宮城県石巻市分を来年3月までに最大6万2,500トン処理する予定だったが、宮城県は3月末で搬出を打ち切る。反対派の斎藤利幸弁護士(60)は「広域処理が必要なかったことを自ら認めたようなものだ。北九州市の反対運動が広域処理の拡大を防いだ」と強調する。北九州市のがれき処理をめぐっては、市議会が全会一致で受け入れを求める決議案を可決した昨年3月以降、賛否両派が激しく対立してきた。北橋健治市長は「がれき処理なくして被災地の復興はない」と説いたものの、反対派は猛反発。市の説明会は反対の声に包まれた。 当時、既にがれきの量の減少が表面化していた。業を煮やした斎藤氏ら反対派142人は昨年7月、広域処理は違法だとして北九州市と宮城県を相手取り、福岡地裁小倉支部に損害賠償を求める訴訟を起こした。訴状によると、宮城県が同県石巻市などのがれき処理委託契約をゼネコンの鹿島東北支店などの共同企業体(JV)と締結したにもかかわらず、同じがれきを北九州市に委託することは「二重契約に当たる」と主張。 試験焼却時の運搬費が1トン当たり17万5,000円と高額だったことを引き合いに「税金の無駄遣いだ」と指摘した。 原告団(現在297人)は、宮城県への訴えを取り下げる方針だが、北九州市とは徹底抗戦する。斎藤氏は「広域処理の違法性を明らかにする。市が過ちを認めるまで闘う」と言い切る。 各地で広域処理が収束する傍ら、大阪市は今月1日から本格処理を開始した。大阪府知事時代から受け入れに動いてきた橋下徹市長の肝いりだ。府・市と岩手県は、来年3月末までに可燃物のごみ3万6,000トンの受け入れで合意している。 これに対し、ここでも激しい反対運動が展開されてきた。大阪府の住民ら260人は先月23日、府・市に処理の差し止めを求める訴訟を大阪地裁に起こした。 大阪の反対運動では、市民が逮捕される事態も相次いだ。大阪府警は昨年12月、JR大阪駅前で広域処理反対を訴えていた阪南大学の下地真樹准教授(40)ら3人を威力業務妨害容疑などで逮捕。一人は威力業務妨害罪で起訴された。関係者によると、昨年9月以降、がれき反対や脱原発運動に絡み、下地氏を含む計10人が逮捕され、6人が起訴されたという。 下地氏は警察介入の不当性を訴える集会で「広域処理は経済的に不合理で、焼却により放射性セシウムが漏れる懸念がある。権力は逮捕という圧倒的な暴力を行使したが、放射能拡散に反対する私たちを黙らせることはできない」語った。 「がれき処理・除染はこれでよいのか」などの著書がある明治学院大学の熊本一規教授(63)=環境経済学=は「広域処理には、ゼネコンが利権に群がった」と断じる。

 ◆東電の負担で集中・隔離を 「原子力ムラの住人たちは福島原発事故の責任を取らないばかりか、ゼネコンと原発関連業者が事故の後始末でもうける仕組みをつくった。放射能に汚染されたがれきは東京電力の負担で、福島原発周辺に集中・隔離されるべきだ。しかし、実際には広域処理と除染、避難者の帰還がワンセットで推進されている」


【デスクメモ】
地元にがれき処理を託せば、雇用創出にもつながる──かつて宮城の建設業者からそう聞いた。だが環境省はゼネコンに丸投げし、ゼネコン都合の広域処理計画が難航するや、省自らが宣伝に乗りだした。「絆の美名さえ掲げておけば、国民なんぞ…」という魂胆が透けた。多数派はまんまとだまされた。(牧)

絆だのなんだのいわれようと、へんな魂胆は、すぐに失敗します。
子育て中のベビーカーを押してつめかけたおかあさんたちはまんまとはだまされなかったのです。


付記)これもすごい:「あんくら島田」さん。静岡島田市でがれき焼却を考えるひとたちのブログ。
http://ameblo.jp/ankurashimada/entry-11469778951.html

おかあさんたち水俣へ:原発避難母子撮った写真展@水俣

横浜から子連れで、しごとをやめて九州へ避難した友人より。こんな切り抜きをおくってもらいました。原発事故のあとの避難先で水俣とつながる、おかあさんたち。女性たち。

<避難は最大の抵抗です>とは武藤類子さんが自主避難者の不安なおかあさんたちをはげましたことば。こんな風に生きる人があちこちに飛び散り、空間的にだけでなく、過去の歴史/出来事とも自在につながってしまう様子はなによりの<希望>。

くよくよしているより、計測・交渉・移住・保養・支援法を!と、原発事故はたいへんだけど一方で不思議なことにひとびとの「生き方」「暮らし方」「生命力」がよりくっきり姿をあらわしているようにおもいます。暮らしかた、生き方の、底のほうから湧き上がってくるものが、なによりの抵抗になると思うのです。

-----言葉だけのラディカルさや、ほとんど救いのない憤りと絶望に支えられた単なるデモだけでは、支配者の位置にある男性同盟は驚かない。だが、わたしたちの熱い憤りが冷静な憤りとなり、これまでとは別の関係性をつくりだそうとすれば、彼らを恐怖に陥れることになるだろう------
                                                                   マリア・ミース <チェルノブリは女たちを変えた>


●熊本日日新聞 2013年1月4日





-----原発のない社会について考えようと、水俣の女性有志でつくる実行委員会が同市のもやい館で写真家亀山ののこさんの作品集「100人の母たち」を開く。「福島と水俣の痛みは同じ。忘れてはならない。原発を意識してこなかったひとたちに、子供を持つ母親の気持ちを感じとってほしい」と話している------記事より 


2013年2月9日土曜日

避難者たちが3.11に国と東電を提訴・東京新聞2013年2月8日


避難者たち10世帯が、二年目の3.11に国・東電を提訴。ただただ応援です。なにもつけくわえることはありません。もろ手をあげて支持です。
原発事故後のながいながいみちのりを、ただひたすら生き抜こうと思います。

2013年2月9日 東京新聞記事より
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013020801001228.html

以下記事より

東京電力福島第1原発事故で福島県から東京都と千葉県に避難している被災者らが、国と東電に損害賠償を求める集団訴訟を各地裁に起こすことが8日、分かった。
 原告は東京都内と千葉県内のそれぞれ約10世帯になる見込みで、東日本大震災から2年となる3月11日に提訴する。
 東京の被災者を担当する「福島原発被害首都圏弁護団」は東京地裁に提訴する。共同代表の中川素充弁護士は「国の加害責任を明確にすることで今後の対策につなげたい」と話した。
 「原発被害救済千葉県弁護団」は1月に説明会を開催、六十数人が出席した。請求額は算定中だが、2千万~3千万円に上る人もいるとみられる。


 
福島の周辺、宮城・山形・栃木・茨城にすんでいた人も訴訟には含まれているようです。


●原告数は350人超 原状回復求める集団訴訟 福島民友 2013年2月8日

東京電力福島第1原発事故に伴い、本県や隣接県の住民が国と東電に除染などを含めた故郷の原状回復や精神的損害への賠償を求める集団訴訟で、原告数は350人を超えることが8日、分かった。弁護団が同日、福島市で記者会見し発表した。3月11日に福島地裁に提訴する。
 弁護団によると、原告は震災当時、本県、宮城、山形、栃木、茨城各県に住んでいた人。本県からの避難者も含む。今後さらに原告数は増加する見込みという。
 訴えでは、原発事故で空間放射線量が高くなり、憲法で定める人格権が侵害され、国や東電には法的責任があると主張。除染などで空間放射線量をなくし、原発事故前の故郷に戻すよう求めている。原状回復するまで、少なくとも月額5万円の精神的損害への賠償金を支払うことも盛り込んだ。
 

 補償、避難、移住、計測、ほんとにjひとびとが思いつくありとあらゆる形で、
原発いらない社会にむけて、二年目の船出です



2013年2月6日水曜日

班目氏が事情聴取★告訴団署名おねがいです

 
昨年末から時々、東電関係者らが検察から事情聴取をうけたという報道がありますが先日、東電元勝俣社長につづき、班目もと原子力安全委・委員長が事情聴取とのニュース。いずれの報道も「立件はむずかしい」とかならず、司法の「専門家」のいらぬひとこと/予見がそえられています。要は「被曝」にかんする「傷害罪」の立証が難しいというニュアンスも含まれているようです。

くやしさを持続させるというのはなかなかむずかしい。なんだか当時の記憶も風化しているような...。二度目の3月11日をむかえる前にあたり,いまもなお数万人が避難中の現実、また今後もひきつづく被害について、ほうかむりをさせないために以下署名をぜひ。
しめきり2/15まで!↓からすぐ署名できます★立件判断は3月中にも判断されるとのみこみです★
 http://urx.nu/2ZaN
「福島原発事故に関し、厳正な捜査・起訴を求める署名」署名フォーム

http://dainiji-fukusimagenpatsu-kokusodan.blogspot.jp/

 
                   2013年2月3日のNHK報道


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ニュースから抜粋

東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡って業務上過失致死傷などの疑いで告訴されている、当時の原子力安全委員会の班目春樹元委員長について、検察当局が任意で事情を聴いたことが、関係者への取材でわかりました。

福島第一原発の事故を巡っては、福島県の住民などが、当時の国の責任者や東京電力の会長らに業務上過失致死傷などの疑いがあるとして告訴や告発を行い、検察当局が捜査しています。
関係者によりますと、政府に対して事故への対応を助言する立場にあった、原子力安全委員会の班目春樹元委員長について、検察当局が3日までに任意で事情を聴いたということです。
告訴や告発では、班目元委員長らは放射性物質の拡散を予想する「SPEEDI」の試算の公表が遅れたことや十分な津波対策を取らなかった点に責任があるとしており、検察当局は、当時の対応について説明を求めたものとみられます。
検察当局は、これまでに東京電力の勝俣恒久前会長らからも任意で事情を聴いていますが、専門家などからは、個人の刑事責任を問うのは難しいのではないかいう指摘もあり、引き続き慎重に捜査するものとみられます。

以上
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原発事故こども被災者支援法はやく実現を<1>

法成立は2012年の7月。暮れの選挙もはさんで、ず――っと棚上げになってしまっています。こどもの日々の成長はめざましくはやいですね。悠長な議論など、している間もありません。

法のなかにはこれまでないがしろにされていた「内部被ばく」の文言も制定にかかわったひとの尽力によってちゃんと書き込まれているのに。もうみんないいかげん怒りだしています。

チェルノブイリ法がうごきだしたのが1991年で事故後5年もたってから。ずいぶん悠長だな、と思っていたのですが、こんども.....おなじ轍をふまないよう、はたらきかけて広めていきたいものです!

いま、各地でほぼ毎日のようにずらっとどこかしらでこの法の勉強の会などがひらかれています。
どの会にもすでに各地に避難した人、これから考える人、とどまる人...おのおのの思いがいつも充満しています。

★原発事故こども被災者支援法市民会議 各地のうごき
http://shiminkaigi.jimdo.com/

★現代思想 『特集:被曝と暮らし』「日本版チェルノブイリ法の可能性と『避難する権利』」
中手聖一・河崎健一郎
http://shiminkaigi.jimdo.com/2012/08/17/


「支援法ってなあに?」リーフレットPDF。とてもよくできてやさしい絵柄。ぜひ以下URLで。
https://dl.dropbox.com/u/104172732/shiminkaigi_omoteFIN%20%281%29.pdf
https://dl.dropbox.com/u/104172732/shiminkaigi_nakaFIN.pdf






2013年2月2日土曜日

パティ・スミスさんのことば&「ゴールド・ラッシュのあとで」

パティ・スミスさんのインタビューとメッセージがとてもいいです。
「がんばろう日本」や「絆」や「復興支援」などとはまったくちがう、逆の視点から原発事故について、放射能汚染について、筋の通った、まっとうなことばです。

昨年でたアルバムではアメリカのかつての核・原子力の夢を批判した、ニール・ヤングの
「ゴールドラッシュのあとで」という曲がさいごにおかれています。抑制された...やさしい声。

インタビュー全文 http://www.webdice.jp/dice/detail/3774/

 
―「もし放射線による影響を受けた子供がいるのだとしたら......子供たちは皆、私たちみんなの宝です。私も母親ですから、もし影響を受けた子供がいるのだとしたら、それは私の子供が影響を受けたのと同じです。恥じたり、経済への影響を心配する余裕などありません。」―

―「原発の危険性について、世界中の人々に伝えたい。原発がどこに建設されているのか、災害が起きた時除染作業がいかに困難で人々にどんな影響を与えるかを、しっかり理解してもらいたいのです」―

  こどものたどたどしい声が、なんともかわいい。やさしい。
 After the Gold Rush  「ゴールド・ラッシュのあとで」
 
 
  
 ―「私たちの世界では、時として事実が隠蔽されます。河川の汚染や放射能汚染についても、事実が隠蔽」されましたが、いずれ、隠す場所がなくなってしまうでしょう。それが私たちの暮らす世の中となってしまうのです。」

―「世界中で、ストライキを行うべきです。世界中の人が<もうやめよう>と一緒に声を上げることを、私は期待しているのです。」―


パティ・スミス 66歳。





葛飾 「金町の会 2011」のブログが誕生です:巷の賢者たち

都内でホットスポットが偏在する東部の葛飾区。2011年3月に放射性物質が検出された「金町浄水場」。その金町で放射能汚染と、ととりくんでいらっしゃるグループがあります。
グループのみなさんの平均年齢は60歳以上とのこと。

チェルノブイリ事故の頃、ちょうど子育て中にあたり、PTAで給食の放射能汚染食品対策にとりくんでいたそうで、そのみなさんが、福島原発事故後に再結集したそうです。

おはなしから垣間見る様子はちまたの賢者たち、かしこい魔女たちのよりあいのようにおもえます。

おこさんたちは成長し、子育ては終わり。それでもこどもを守れと、事故後のはやい時期からさっさととりくみ、計測、役所や学校との交渉、勉強会、水元公園の対策と奔走されてたようです。

ついにそのみなさんのブログができたそうです。「金町の会 2011」 紹介より

http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1814769/1824054/84991376

「2011年3月11日の大地震と、それに続く原発事故。ここ東京の葛飾でも、本能的な不安を呼び覚ますような大きな揺れに見舞われ、しかも、その後の原発事故による放射能拡散で、町はすっかり汚染されてしまいました。ところが、こんなとんでもないことが起きているのに、事態を正しく伝え、対策について率直に話し合うことのできるようなつながりが、ほんとうにできていなかったことを実感しています。
自分なりの情報収集と、個人的なつながりを通してのあれこれと、当たって砕けろのジタバタと、…の2年が過ぎようとしている今、ようやく、ブログという道具を使ってみようと思い立ちました。葛飾の金町という場所で、こういう時代の中で、暮しに役立つと“私と私の近くにいる仲間”が判断する情報を、少しずつ御紹介して、いろんな人のいろんな試みのつなぎ目になれたらと思います。」


内容も、葛飾の土壌計測結果、ガンマ線カメラのこと...とても<実践的>で、<科学的>です。

実際、いるといないにかかわらず、お孫さんを持つ世代の活動。 
「ちまたの賢者たち」と敬意をもってよびたいです。教えられることが、たくさんあります。