2013年12月11日水曜日

反動 20mシーベルトへの<帰還> 

この秋から冬にかけ、IAEAと福島県、IAEAと原子力規制委員会の特に被曝をめぐってのすさまじい巻き返し/反動がおこっています。

事故直後の2011年の4月には内閣官房参与の小佐古敏班が「年間20ミリシーベルトという被ばく量は、原発作業員でもめったにでない数値」として辞任し、あれほど抵抗のあった「20ミリシーベルト」への人々の反応も、いまはそれほど高まっていません。はじめの予想通り“被ばく”という事実は、さまざまな印象操作や隠蔽、そして人々どうしの軋轢やコンフリクトによって、しだいに「忘却」の一途をたどっているようです。 
時間はすぎたようで、被ばく対策で進展したことはなにひとつとしてありません。
また2011年の3月時点に退行しています。

こうして一連の流れを書き出してみると、チェルノブイリ事故同様に、核惨事がグローバルなできごとであると同時におおかたの道筋がある種のシュミレーションを通じて反復されていることに愕然とします。
これまで国内の「安全キャンペーン」だけを批判していればことたりていたのですが、これから、もっと大きな外枠をみすえていかないとならないでしょう。


2013年10月22日
1ミリシーベルトに「こだわらない」/除染目標でIAEA団長/環境相に中間報告提出
http://www.47news.jp/47topics/e/246857.php

2013年10月28日
国連科学委員会福島報告書提出される
福島事故の被ばくは影響なし?「国連科学委員会」報告に異論相次ぐ
http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20131027-00029263/

2013年11月8日
追加被ばく「年間20ミリシーベルト」で影響なし 規制委住民帰還へ提言
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131108/dst13110814110005-n1.htm

2013年11月5日
自民党・石破幹事長「帰還不能地域の明確化を」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131105/stt13110511510001-n1.htm

もはや「食べて応援」を批判していればいいだけですまされなくなっています。
IAEAものりだして、グローバル安全神話の域にフェーズが移行しています。


IAEA調査団長福島近海の海産物は「安全性が保障」
のニュース 2013年12月5日

(一方、IAEAは汚染水の海洋放出を東電と日本政府に推奨しています....ふつうに怖い)


ただ、一点、チェルノブイリ時とおおきな相違があるとすれば、規制委のだした「帰還」方針の基準として、環境の放射線量ではなく、個人の被ばく線量を基準としたところ。

2013年11月11日
住民帰還「個人被ばく量で判断を」規制提言案


これは一見するとみのがしてしまいがちだけれども、「個人」の身体の被ばく量という点を基準においたのはきわめて大きな変化。
放射線量の被ばくは<個体によってことなる>という事実を、逆手にとっていることです。その上で、帰還のぜひを判断せよとしています。テクノロジーの精緻化、小型化という要素も手伝っているのでしょうがリスクに対する究極の「自己責任論」、人間が生きる上で、環境や社会は「ないにひとしい」といっているようなもので。ある意味、ハイパーリスク社会。


たぶんいまIAEAがやっていることは、広島でかつてABCCがおこなっていたことと本質は共通しながらも、むきだしの「軍事」によっておこなわれることと、平和利用として、また1970年代、1980年代以降のリスク管理を通じて、原子力産業側が手法を「洗練」させてきた点も踏まえないと、まとはずれなものになってしまう気もします。

0 件のコメント:

コメントを投稿