Greenham Common, dancing on the Silos on New Years Day,
and scenes from outside the court case clips
上記は、女性たちが基地に侵入し、格納庫の上で踊りをする時の映像。魔女を自認し、
つねに獣のような奇声をあげ、ケルト民謡風の唄をたやしません。
こちらはイギリス・ガーディアンによる映像アーカイブ・とてもよいサイトで必見です。
Gardian "Your Greenham"
また、福島・原発告訴団の武藤類子さんも著書「福島からあなたへ」で、六ケ所村への核燃料輸反対の運動折には「グリーナムの女たちのようになりたいと思った」と語り、搬送予定の道ばたの空き地で数十日間も阻止キャンプを行ったといっています。
グリーナムコモンの抵抗は、日本のとりわけ,女性たちの反核/反原発運動にも大きな共鳴を与えています。
"The Road to Greenham common:Feminism and Anti-Militarism in Britain Since 1820"
Jill Liddington
調べてみると、1983年にこのキャンプからレベッカ・ジョンソンが日本を訪問し、原水禁統一世界大会に参加していたそうです。そして「東京宣言」には性差別からの解放、女性の平和運動に果たす役割を入れるよう要求し、宣言には以下のような文章が採択されたそうです。
「開かれた<パンドラの箱>と核廃絶の闘い」(七つ森書館、2002年)より
この運動は「反核」ですが、グリーナムに先だち、スリーマイル島事故の直後にはイギリス国内で「ヴァーモントの糸紡ぎ女たち」というグループが自然発生的におこり、原発のまわりをじぶんたちが紡いだ毛糸で、ぐるっと包囲し、反原発を訴えたということもあったそうです。
「ヴァーモントの糸紡ぎ女たち」「グリーナムの女たち」のように女性による反核/反原発運動は、日常的な実践や再生産労働、女性として強いられた「身体性」や「所作」に着想を得て、それを抵抗に変形させるのものが多いようです。今回の事故をみても、じつは政治的な領域以外の、そうした通常かえりみられることのない、資本主義からもっともあてにされながらも、もっともみくびられている「領域」こそが打撃をこうむるのですから。
いま有形・無形に生活と暮らしのなかで、放射能はいやだ、原発はいやだ、という女性たちの、誰にいわれるでもない抵抗や、誰に指示されるのでもない、ひそかな行為につらなるものだと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿