父親=家父長にいわれるままに従い、殺害をおこなったダナイデスの娘たち。
彼女たちはその罰として、永遠に、そこの抜けた水がめに水汲みの作業を続け
ることになった。
フランス、ブゲイ原発敷地付近に「FUKUSHIMAのダナイデス」
となずけられたグラフティが忽然とすがたをあらわした。
このところ、廃炉現場の不具合が断片的に報じられている。
東京電力初の廃炉工程の「遅れ」を発表。
東京オリンピック決定前に鳴りものいりで入札にわきたち、
320億円の公費を投入した「凍土壁」の失敗。
廃炉作業は当面、先がみえない。
廃炉作業自体が、永遠のダナイデスの水瓶神話のようだ。
それでいて、この事態は核惨事という「例外状態」のようであっても、
とっくに原子力産業、あるいは核災害史の「部分」にくみこまれていること、
原子力シンジケートの利益に十分にかなっているということだ。
日本政府は、この3年間、けちるところはけちっておきながら、
実証性にとぼしい廃炉作業にいったいいくらつぎこんできたのか。
福島第一原発は、原子力シンジケートの廃炉技開発のねがってもみない
「試験場」「実験場」にされてもいる。
---“アリストテレスのいうように、「事故(=偶有性)は、実体を露わにする」としたら「実体」
の発明は、同時に事故の発明でもある。
それゆえに難破とはまさに船舶の「未来派的」発明品だし、墜落は超音速機のそれだ。
チェルノブイリが原子力発電のそれであるのも、全く同様だ”---
『アクシデントと文明』 ポール・ヴィリリオ
アレヴァの浄化装置、アルプスにはじまって、英国セラフィールドとの技術協力。
IAEAと米国の主導によるCSC条約加盟によって、米国核企業の福島廃炉現場
への具体的な参入も可能になった。
NHKの廃炉プロジェクト40年だったかの番組をみてみるといい。
困難な廃炉作業にたちむかうという「空虚」を、技術開発という「夢」で
粉飾したストーリーになっている。
福島県政の「復興神話」へのむやみな自負も、こうした国際原子力シンジケートと
廃炉国際ビジネスの存在と無関係ではない。
◆経産省「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」
ロボット開発で「浜通り=イノベーションコースト復興計画」
http://www.asyura2.com/14/genpatu39/msg/648.html
核災害、原発事故の社会統制を福島という地方行政単位、
日本という主権国家の枠組み「だけ」でみていると、あしもとをすくわれる。
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