2012年6月5日火曜日

6.7国会前 緊急ダイ・イン★アクション「原発いらない 福島の女たち」

とても急なのですが、6月7日(木)「原発いらない福島の女たち」のよびかけによって、
国会前で、再稼働に反対し、ダイ・インアクションが予定されています。


ぜひ支援とご注目をおねがいします!そして雨が降らないこと、そしてなによりアクションの成功
を祈ります。参加される方は、以下のブログで時間、場所などをよくチェックしてからおでかけ
下さい。
「原発いらない福島の女たち」
http://onna100nin.seesaa.net/

国会前とはいえ、ねころがったり座ったりするので、レインコートとかマスク、もってる方はガイガーカウンターなどあるといいかもしれません。

「原発いらない福島の女たち」の方々にとっては、それぞれ生活の上での困難を抱え、お子さんがいらっしゃる方は避難や保養の促進、安全なたべものの確保、行政交渉などの合間をぬって、また日常生活での育児、子育て、介護や看護の合間をぬっての行動です。去年の秋の「座り込み」もそうでしたが、こうした直接的なアクションをどんどん提起されています。そのことを思うだけで胸があつくなります。状況は絶望的なのですが、無名の、草の根の女の人たちのこうした動きに最大級の希望を感じます。

そして福島の女性たちのこうしたアクションは、首都圏はじめ、あらゆるそのほかの地域で、たべものや日常生活上の放射能防御についての活動をおこなっている女性たち、避難した方たちとも、「物理的」な「距離」、実測上の「距離」を超えてじつは、しっかりつながっているのだと思います。

よく、福島から200キロはなれた首都圏や、それ以西の地域で食品などの放射能汚染や、内部被曝、身体、健康のことなどにとりくむことに対して、「福島はもっとたいへんなのだから」とか「離れたことろでさわぎたてることは、大げさだ」、とか「健康にあまりに気づかいすぎるのは差別につながる」などの声を耳にします。

でも、それは実情をとらえていない憶測なのだなと思うことがしばしばあります。
最近、「公害に第三者はいない」(宇井純)という言葉を知りました。内部被曝について、食品汚染
や健康問題にとりくむ動きは、原発事故に際して、「第三者ではない」という姿勢で原発にむきあっているのだと思います。けれども、「現地はもっとたいへんだから、私たちは多少の文句はいわずおとなしくしよう」「騒ぐのは福島の人に申し訳ない」というような思考方法は、「犠牲の累進性」とよくいわれるように、「もっと気の毒な人」「もっとも過酷な人」を想定して、自分自身の抱える困難や受難に、ふたをしてしまう態度であり、結局は、原子力産業のおしつける「受忍論」に甘んじてしまうこととなります。

実際は計測や放射能防御にとりくむ人たちは、福島の方々と、あるいは関東の高線量にすむひとたちともよく出会っている。そしてひとたび放射能に話題が及ぶと、ほんとうに即はなしが通じるのです。放射能をあなどらない、自分自身の恐怖や不安にふたをしないことで、実は、住む場所、距離を超えて、原発立地点、立地県、周辺地の人々と、そうしたつらさをわかちあえる...そんなふうに、実はみえないところで、しっかりむすびついているのではないかな?と思います。

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